ネタバレありカズオ・イシグロ「わたしを離さないで」感想

全力でネタバレあり 注意

新井素子は羊のドリーの魂にやすらぎをめぐる冒険

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

感想。あ、面白かったです。えーと主人公の内面が生き生きと描かれていて。感動したり泣いたりはしなかったですけどしんみりしました。はい。


あらすじ。主人公が一緒に育った親友ふたりと死別する。


いわく言い難い不思議な感触、タグを付けるなら「これはすごい」。変な例えになりますが 体育館いっぱいのドミノを見たときのような。
大変好ましい小説でした。人情の機微も静かな語り口も。。。
「わたしを離さないで」は物語です。お話し。
平易な語り口で難解な言葉、表現はまったくでてきません。誰にでも書ける文章です。
文章・小説のなかには、何をされたか分からない、魔法のような作品がたまにあります。見事で鮮やかで…
これは違います。何をされているかまるわかり。秘密はひとつもありません。
ことことと根気よく気が遠くなるほど丁寧に書かれているだけです。
でも避けられない。どうしても胸に迫ってきてしまう。
そこが信じられません。
トリッキー0。基本通り。約440pの作品なんですが、約110pごとに起承転結の構成。完璧なコントロール。まさにプロフェッショナル。脱帽です。


テーマのひとつはクローンと臓器移植*1。SFをたしなんできたせいでしょうか、俺のなかではいっそのこと「ありふれた」話の部類です。この基本設定には特に驚きや違和感はありません。
では一体、何が俺の手にページをめくらせたのでしょう。思い当たるのはもうひとつのテーマ、主人公と親友たちとの関わり、これなのでしょうきっと。
主人公たちは特殊施設で育ちます。外界から隔離された環境です。施設が世界のすべてなのですから内部の人間関係は自然と高度、複雑、濃密なものとなるでしょう。
ただでさえ、多くの友情や恋愛は損得打算抜きには語れません。
またひとが懸命に生きれば誰かを傷付け押し退けることがあります。
他人と関わるという行為は支配/被支配と無関係ではいられません。
それどころか彼女たちは、存在そのものが利害と勝手な欲望の結果なわけです。

最大の罪は、あなたとトミーの仲を裂いたことよ

俺が作中でもっとも好きな場面のひとつです。主人公は若干天然なのであまり通じてなかったようですが。そしてまさにそういう多少鈍い主人公こそ皮肉にも幸せになる能力がある。


主人公が踊る場面
ロストコーナーであるノーフォーク
カセットテープ
トミーの二回目の癇癪
ルースの最期
マダムとエミリ先生


D


ああ 魂とはいったいなんなのでしょう

*1:あとデザイナーベビーにも言及があります