Vol.3.5 ドナウ川まで歩く

  • フィリップ・オケリー 坂井良久子訳
  • 「Fiction」とのこと 小説です
  • あらすじ。主人公「僕」は40Km南のドナウ川目指して歩いている。村で老婆と孫娘たちからもてなされる。峡谷を越え村に着く。隠されたきんの話をする老人と老婆から歓待を受けるが、その直後僕は熱を出し体調を崩す。なんとか最寄の村にたどり着き回復。村を出る。女にあう。ドナウ川がかすかに見える。三十歳くらいの兄弟に招かれる。兄は隠されたきんの話を切り出し僕はその場を去る。町でバスに乗りドナウ川沿いに移動。感無量。小さな都市から電車に乗る。同席はよくしゃべる太った女とそれを聞く女。僕のアパートに到着。隣の老婆が文句を言う。亭主の老人も出てきてわめき散らす。老人はわめき続ける。僕は歩き続ける。


感想。ラストには胸を突かれましたが、全体的によくわかりませんでした。パス。


ルーマニアという国をよく知らない。ドナウ川と言われても爆発版美しき青きドナウしか思いつかない。
チャウシェスクというひとをよく知らない。出てくる地名がどこにあるのかまったくわからない。
ないない尽くしである。情けない。


貧しさと幸せ。捩れた魂と隠された金。
金を夢想し求めるおとこたちに、実はすでにそれを手に入れる可能性はない。
金とは惨めな境遇を脱する機会のことであるからだ。
すなわち残された時間と、運。
幼子達はいつか貧しさに気づくとしてもいまはまだ幸せである。
若い女は黙々と耐える。
中年女は愚痴をたれ流し続け
老婆は祈る。
女性は逞しいものだ
若い兄弟は無知であり
老人は金を求め、わめき続ける
青年は歩き続ける


知恵も力もなく
目的も確たるヴィジョンがありもしないが
青年は歩き続けることが、まだ出来る
老人になってしまう限られた時間の間は