第七官界彷徨感想:「小宇宙の究極とはセブンセンシズなのです」

尾崎翠 (ちくま日本文学 4)

尾崎翠 (ちくま日本文学 4)

感想。第七官界にひびけ恋のうた*1


おかしな小説である
歯車のかみ合ってない
ボタンを掛け違えた小説である。
不思議なイカレた小説である。
そして巧まざるユーモアがある。


主人公はひどく赤いちぢれ毛の少女。

私はひとつ、人間の第七官にひびくような詩を書いてやりましょう。

彼女は最近兄を頼って上京、一軒家にふたりの兄とひとりの従兄弟と四人で暮らし始めた。
長兄は精神科医
勤務する病院に入院する女性患者に恋をしている。
次兄は農学生で現在卒業論文執筆中。
失恋がきっかけで、蘚の恋愛とこやしについて研究中。うんこを煮る日々。
従兄弟は音楽学校受験中の浪人生。
音程のくるったピアノを弾いて歌っている。越してきた隣家の女学生に恋をする。

私は、変な家庭の一員としてすごした。そしてそのあいだに私はひとつの恋をしたようである。

「ようである」?


あらすじ。
従兄弟は常に何かしら不平をこぼしつつ歌い、次兄は蘚の発情を待望する。
隣人一家が去り主人公は長兄と同僚の恋愛争いに巻き込まれ
彼女は同僚にくびまきを買ってもらう。
同僚は引越す。
私はふたたび柳浩六氏に逢わなかった。


おかしな小説である
この「小説としてあるべき、と読者が予想する心地よい物語のリズム」をことごとく裏切る緩急のつけ方。
俺は誇張と省略の文章魔術を見た。
詳細に記述される奇妙な状況はどうでもいい話ばかりで
延々と拡大される些事は苦痛を通り越して酩酊作用を催し
クローズアップされることによりさらに本筋から*2外れていく
一方フラグイベントはそっけなく華麗にスルー、「点」としてのみスケッチされ
肝心な心理描写はカット 重大なはずの変化ほどさり気なく手短に語られる。
そうやって呆然とする読者を置き去りにするものの
しかしちゃんと点と点はつなげられるぎりぎりの距離を保っている。
度のあってない眼鏡をかけ
正確でない時計を頼りに
独自の理論を振りかざす奇人変人たちが
恋をする。


おかしな小説である。
こんなにもストレスフルで読むのがつらい小説なのに
どうして時々吹き出してしまうのだろう。
まるでピントのずれた少女ホラー漫画家が
一大決心して正統派恋愛漫画を書き上げたような
真面目な狂気のトーン
コミックオペラ熱いこやし分裂心理
蜜柑

「僕の好きな詩人に似ている女の子に何か買ってやろう。いちばん欲しいものは何か言ってごらん」

蘚だって恋をする
惑星だって恋をする
あなたは私を見つけてくれた
だからあなたに恋をした

*1:俺はこのエントリーが終わるまでに、三度、おかしな小説だと言うだろう

*2:本筋…?