乳と卵感想その2:だらだら書くよ

乳と卵

乳と卵

文藝春秋 2008年 03月号 [雑誌]

文藝春秋 2008年 03月号 [雑誌]

えーはいはいというわけでね えー
乳と卵ですけどもはいえー


昨日もがんばってごちゃごちゃ書いたんですけどね
まあねあんな感想はどうにもならんわけでして えー
まあ川上さんに「がんばれよー」言ってるだけでね えー気の利いたことも書いてないし
他のひとにとってはまあどうでもいい感想なんですけど えー
はいじゃあどうしようかなと もう一回書きましょうとそういうわけで
もう考えるの面倒くさいのでだらだらと ええ
ほんとまあ読書会風に えー だらだら
最初に一言いつもの台詞を


俺が言うことは全部嘘なので騙されるなよ


以下長文


はいじゃあ行こうか えーね裏でトップ1の5話でも聞きながらねはいはい
乳と卵ですけどね
一番気合の入ったテーマはナンでしょうと はい
えー生理ですね生理生理。あとはもうどうでもよろし。枝葉末節枝葉末節
生理をねーあほみたいにぎとぎと書き倒したんだからそりゃもうえらいことですわ
あとは何があるとゆーのよ 大阪弁?いくらでもあるだろそんな小説 母と娘?こやつめははは
失語や筆談もまぁ特に 豊胸手術もまぁ 文体?爺のファックのほうがまだ気合が入ってる!
いやそりゃ文体はすごいよあれは余人に書けるとは思えん。
で?っていう。
「言えばおまえを…殺す!」おおおコーチぃぃぃ!!
あなんだっけ生理、それから文体か。文体は書き方だからねーみんな上手だよ。独特かもしれないけど
「炎となったガンバスターは、無敵だ!」
それだけで多くのひとびとの神経を逆なでには出来んワイ。


えーちちとらんと読むそうで。作者がそういうんならしょうがない。
乳とかいてちちですわ。にゅうではないと。がーんばすたーーー。
にゅうでないってことはミルクではなくておっぱいだということですな
で、父ファーザーと掛けてるんだろうなーはいはい軽いジャブです
卵はらんですと。たまごちゃいますよと。エッグじゃない。たまごといやあ鶏卵だわな普通。
殻とぱかっとな目玉焼きなあれ。そうではないと。「地球では…半年経つのよ…」
らんねぇらん。作品中を紐解けばまぁ順当に卵子のらん。受精卵のらん。ということでいいのかなー
まぁこのへんはさらっとすまそうね。こだわる価値が見当たらん。なんかもうね本職の評論家とかね
お文学者とかねなんかかしこいみんなに任せますよほんと俺たけくらべも読んでないのに感想書いていいのかねえ


はいはい生理ですけど。生理俺なったことないから知りませんが。酷い痛みと共にまんこから血が出るそうです。
受精を待ち構えるも思いが1さんに届かなかった胎盤が現役引退してね出てくるとかなんとか
もうこれはわからんよ俺には。ここにくちばし突っ込むおとこ連中はねもう死ねと。
「なにひとつ…言えなかったのよおおお!」
以前に わかった?失せろ と言ってあるじゃん。「お願い、かずみ、戦ってえええ!」男はなあこの小説に何事かを言えるかといやあ言えやしませんよ正味な話し。「お姉さまあれを使うわ」「ええよくってよ」「スウパアアアイナズマアアアアキイイイイイック!」


えーまぁ俺はろくに小説を読んでないのでねこれから嘘を書きますけど。
「果てし無き、流れのはてに…」 文学はねーまあ日本の戦後文学はねーまあ女性も題材にとりあつかってきたわけですよーそりゃねーにんげん書くのが文学ですからねーにんげんの半分が手付かずなんだからそりゃ書きますよ
でねまぁここ最近2,30年くらいの文学を紐解けばね吉本ばななですよそりゃあ。とりあえず。
少女漫画が発見し育み育てた 少女 をね文学に持ち込んだってやつね。間違っててもしらんよ。
でまぁ前後して今回の選考委員にもなってる山田詠美さんとかがね裏側を発掘してたわけさ。 娼婦 とでもいやいいのかなーそんな単純じゃないだろけどさ。*1
えーまぁ「人類の科学は技術はこんな巨大なものをつくることが出来るというのか」このふたつの潮流はつまりな
処女性 でひとくくりにできるわけよ。処女とその裏返しの非処女な。 で処女ってえー未通女オボコなわけで。
恋愛の対象であり性愛の対象であるわけな。そそりたつちんぽ持つ男性との関係において初めて顕になる「おんな」ね。これをね連綿と書いてきたわけですよ。作家は。
どれだけ変奏を重ねてバリエーションをつけても こっから一歩もでてなかったわけな。「ノリコおばちゃん早く帰ってきてね、うふっ」
あー違うよ!って意見があったらごめんな腐弁償で不勉強で。腐弁償ってなんだよ俺w 「追い詰められた人類が何をするか、見せてやるわ!」
あーなんだへんなことになってきたな これから恋愛をするであろう女性。まだ恋愛を知らないだけの女性。その延長で恋愛を知った女性、セックスを知った女性 女性斯くあるべしを打ち破る女性、と。 こっから先の母である女性妻である女性は戦前からも見つかっているのでどうでもよろし。「いいえ!奇跡は起きます!起こして見せます!!」
はいはい本作乳と卵でねねっとり目を背けたくなるほど吐き気を催すほど活写されている生理はね 文学はまだ書いてないのよね。
儀式としての生理はあるだろう。通過点としての。 それは違う。
セックスを控えた女性へのきっかけでもないし 子供→大人の意味でもない。
それらは作中で明確に否定される。
この小説で描かれたのは「事実」。ただの、レッテルも無く、社会性も持たず、いかなる関係性のあいだから励起したものでもない ただ まんこから 痛みと共に 大量の血が 卵子が 「出る」という
どうにもならない、雨が降るように、いつかは雨が止むように「ごめんキミコ!もう、会えない!」
日が昇るように夜が来るように
自然な 我慢できぬほどナチュラルな「このあたりは沖縄だった」
「オカエリナサ(イ)」ファ嗚呼嗚呼空く!おっと失礼。
そういう女性のからだの、仕組み。ここ。
賛美もせず 諦めもせず 目を背けず 不快感と不思議を持って問い続ける魂。
これが核だと 思います。


えーー
まぁ
あとはまぁ結構誰でも書いてそうで
あんまり乗り気じゃないんですけどちらっと書いておくと
お母さんですけど。豊胸手術にこだわりますけど。
なんですかねこれ ええ はっきりかかれてないから解釈してくださいっちゅうことなんでしょうけど
解釈したくないねー嫌だ嫌だ息をするのもめんどくせぇええー
豊胸を巡る解釈はねー作中胸派女子と冷たい女子の掛け合いでたいていの解釈は叩き潰されとるわけですよ。
あー癪にさわるww ほんと川上さんの術中ってかんじでね嫌なんですけどね嫌というよりまぁ
くやしい んですけどね。でも感じちゃうびくびくみたいな。あー
巻子自身から語られる言葉はすくなくてー「若さではない」くらいかな。んじゃあそうなんでしょその線はない、と。
じゃあどうしようかと。
豊胸手術っていうとまぁ くっつける てことなわけでしょうな。無いものをつける
それっぽく言うと 欠落の補填 とでもなる?
はいはいその仮説でいきましょうかねとりあえず
お母さん何か欠けたんですかね。まぁそうなんでしょうね。元々何があり、いつなぜそれは失われたか、と。
そりゃもちろん お母さん だろうよ。あー単純。
お母さんからはお母さんが失われておりましたと。そこを埋めましょうとくっつけましょうと。はいはい。
ちちですからねおっぱいですから。こりゃ対おとこ用なわけがない。だって顔いくでしょ。そりゃあ。おっぱいによってくるのはマザコンなわけで(暴言)、結局こどものためなわけな。ちんぽと稼ぎのあるおとこの弱いところを刺激して絡め取るっつう策略もなくはないけど これね、良く見るとね、男(別れた夫も)が欲しいんじゃない。
生活が欲しいの。
はいはい。お母さんからどうしてお母さんが失われたのかね。母性といえばそれっぽくて読んでるみんなはプライドが保たれるかな。母性ね母性。
はいはい生活ね。労働ね。時間と精神の切り売りね。これが原因ですと。はいはい。

おビールください、っておっきい声でゆって、

ほらはっきり書いてるでしょ。ビール好きなんじゃないよよく読めよ。酒ろくに飲めんのね確か。ビールがばがば客の金で飲まないとね稼ぎにならないのね。そういうシステムね。
生活苦が意に沿わぬ労働を強制し にんげんが失われて行き 真っ先に娘に対する母性が干からびてしまった。
わけもわからずバランスをとろうとしてたわけな。わけがわからんから説明も出来んのな。
緑子はそれを察知したわけな。お母さんがいなくなって中年女が残ったのな。緑子お母さんどこ行ったのてなもんですよ。まぁ口もききたくなくなるわな。第一声 お母さん だもんな。あーわかり易。
生理が来るかこんかでストレスたまったところに母の失踪ですよ。原因は生活苦で、つまり、俺かと俺が悪いのかと。幼心に思うわけですよ。こりゃたまらんのう。
結局親子の会話が言葉無く成立した後は 豊胸手術もうやむやでね。もう必要ないんだろね。ま、しばらくはね。
で…生理ですけど。まあこれもうやむやにされちゃった。んーでもまあこの小説としてはカタルシスもあったしいいんじゃないのかなーなんて思うわけですよ。
これから先もたくさん小説書いてくださいな
こんなもんかな。他になんかあったかな。
こんなもんだよね。えー えー
んー樋口一葉ね元は武家の娘さんでね。ええ。没落してね吉原に引越ししましてん。いろいろお金稼ごう苦労しましてん。からだ目当てに言い寄るのもいたとかいないとかね。吉原だしね。武士の娘だからねーお堅いわけよ。プライドも人一倍ですよ。おまけに文才もあってね。小説家に弟子入りとかもしたわけ。ちょっと好きになったりとかさ。その男をさ。でも適わぬ片思い。でまぁ何もかもうまくいかなくて行き詰ってな
そんときに
吉原のひとびとと自分はまぁ「同じだ」と。これはもう戦後民主主義な平等主義からみたらね 当然だろとか思うかもしれないけどね
ついさっきまで士農工商でな そう叩き込まれて言い方悪いけどまぁ洗脳みたいなね教育をね受けてた女の子がね
売春婦と自分を重ね合わせることが「出来た」、と。
コペルニクス的転回ってやつ?パラダイムシフトって?まぁなんかそんな感じで大革命が起こったのな脳内でよ。
行ける行けるこりゃ行けまっせと。 あたいはこの悲しみを知っている。この苦しみを知っている。
ひとが生きることのつらさを 書くことが出来る。
みんなみんなつらいわけよ。生きることはままならんことだらけよ。ほんと。ろくでもないもんだ。
まぁそれでもね、なんとかね。やりくりしてまぁがんばっていかなあかんとまぁ。
死ぬまではねぼちぼちやっていかんとしゃあないやいかと。
ええ。
まぁそういう小説です。
いまだにね極限状態の人間がーとかそれが厚みがあって重い文学的テーマだーとかね。
歩くことがそれすなわち即、武道になるようにね。ただ歩く描写で人生が垣間見えないんなら
文学はなんの価値も無い。漫画とアニメに土下座しろ。
実際さ。生理な。たぶん漫画ではもうとっくに描かれて描かれて陳腐なテーマだと思うよ。
少女漫画やサブカル漫画が何十年前に通過した地点だよ。つげ赤い花ひとつとってももう萌芽はあるものね。
なんだ長くなったなー俺あほか。
あー
そんな感じ

*1:ごめーん山田さんの方がわずかに先だねーw あ娼婦っつってるのはセックスを知り折り合いをつけてる女性くらいの意味ね。いやー俺みたいな無知が物を書くのは怖いねぇ