尊敬に値するひとに飢えている

万年時計の謎に挑むを鑑賞して考えた
2ちゃんのごみため同然のニコニコ動画
需要があるということ
直感としては
「皆、尊敬に値するひとに飢えている」感覚
特に若年層は
影響を受けるような人物に出会う機会が激減しているのではないか
引きこもっているからではない
自然と敬うような人格がレアになりつつある


尊敬するこころは持っているのだ
だが日本の社会はすでに英雄を戴き熱狂するにはあまりにも成熟してしまった
押し付けがましいきらやかさ麻薬的カリスマはもろいものだ
年月を経た巌の様に地味で頑強な魂を。


2chは真実を貴ぶ空間である
誤魔化しの無い確かさを希求する


教育?ゆとり?反省?
馬鹿馬鹿しい
今こどもは
おとなが尊敬できないのだ
尊敬できないということは
「お前たちにそれをいう資格はない」と判断されているのだ
誇りを志を持たない藁人形を
誰が尊敬すると言うのか


おとなは誇りを持てない
持てないようになっている
評価されないからだ
むしろマイナス評価
ひとを評価する基準が狂っている


評価の軸を変えねばならぬ
「現在間違っている」ことだけははっきりしている


その基準が何なのかは俺はまだわからない
それを示せない俺は再び沈黙する。


誰か教えてくれ
スキルシートを預金残高を破り捨てて
俺はいったい誰を尊敬し「こんなひとになりたい」と努力すればいいのか?


自分で考えろ?俺流?
くだらねぇ
だったら学校はいらん
示せ
これは社会の責任だ
地域の会社の学校の
おとなたちの
俺の
責任だ


俺は
こどもに胸を張れるか?