たいようのマキバオー 1 :汚れちまった地球の上じゃ地位も名誉も無いけれど

たいようのマキバオー 1 (プレイボーイコミックス)

たいようのマキバオー 1 (プレイボーイコミックス)

感想。まさかまさかの大傑作。居並ぶ名作ごぼう抜き。このままこのまま!


本作は「みどりのマキバオー」の続編である。
主人公ヒノデマキバオーは、前作の主人公ミドリマキバオーの甥。
舞台は地方競馬(後述)のひとつ高知競馬場
ストーリー等はWikipediaでも見てください。


漫画が上手い。
様々なドラマが描かれるのだが、なによりレースの模様を読んでいただきたい。
あくまで本作は競馬をテーマにした漫画であるので、レースの模様は最大の見せ場ここが肝心。
いやお美事。
前作「みどりのマキバオー」でも魅せた実況の名調子に衰えなし、むしろ磨きが掛かっている。
第一巻では主力馬たちが出揃っていないためだろう、まだ駆け引きらしい駆け引きがない。
そんな一本調子となりかねない単調なレース展開を、コマわり、画面構成、絵の迫力、それまでの物語の盛り上げ、実況の台詞がすべて噛みあって、読み手に深い感動をもたらす。レース後がまた素晴らしい。
実に高度な作劇術であり、ストーリー漫画にとって画力など瑣末な要素に過ぎないことを堂々と証明する天晴れなものである。


地方競馬の抱える問題。
馬・騎手達の人間関係。
各関係者らの立場思惑。
越えられない能力の壁。
ドラマの要素充分である。
本作は青年誌掲載の為か、リアル志向の路線でありまだまだ物語の材料はたくさんある。


さて、第一巻は尻尾の先まで傑作と断言できる。
が、これからの展開が気に掛かるところだ。
というのも、詳細は省くが上記した地方競馬の問題は実に絶望的な状況で、このままリアル路線で行くと間違いなくバットエンド一直線である(たぶん高知競馬場廃止…リアルでも…)。
かと言って例えば中央のレースに躍り出るようなファンタジー路線はいささか抵抗がある。
せっかく地方を舞台にしたのだから全力で描ききってもらいたいと思うのだ。
主人公マキバオー自身にも脚部不安があり、これは努力や根性でどうにかできる類の問題ではない。
G1級サラのエリートであっても重度の骨折すればその場で薬殺もありうる*1、これが競走馬の世界。
二巻以降に悲劇の予感に怯えつつも大いに期待する。


以下蛇足

競馬、は日本に二種類ある。
ひとつは「中央競馬」、みなさんが思い浮かべるいわゆる「競馬」である。
管理団体はJRA日本中央競馬会)。ここは農林水産省配下の特殊法人。なので国営ではない*2が、事実上国営に近いと思う。
もうひとつは「地方競馬」(「公営競馬」ともいう)。これは統一の管理団体はなく*3、各競馬場のある地方自治体が競馬法に則り運営する。
あと、中央競馬の花形は「芝」であるが、地方競馬の馬場はほとんど「ダート(砂)」である。
地方競馬の問題とは端的に「経営不振」である。儲からないのだ。



細かい点だが、高知競馬場の描写がきちんとしている。
作中にもあるように、オッズがチョークに手書きは本当である。
パドック場のロケーションも正確。
また実際に一部のレース名を一万円で販売しており(個人協賛競走)、子供さんの名前や結婚記念のレースが行われる。ただしこの制度は上山競馬場(既に廃止)が元祖。昔高知競馬場ではたしか2ch有志の「人大杉記念」が行われたよ。
土佐弁も確かで、しかも全編日常会話に使用されている。西原理恵子ですらやらなかった快挙だ*4。正しい土佐弁が使われている漫画は久々でうれしい。
高知競馬場*5といい土佐弁といい、入念な取材ないしは広範な資料集め、ブレーンの存在を感じさせて実に好感触。
好感触といえば、説明らしい説明がほぼなく、方言や競馬用語について言いぱなしなのも良い。
読んでるのがジャンプのガキどもでないのだからそれでいいのだ。
つの丸氏は複雑な気持ちかもしれないが、半端なギャグも少ないし。
高知競馬場の開催は土日。今年2007年3月21日の第十回黒船賞は水曜日祝日。作中に「あと3日後」とあるので、第一話は開催中の3月18日(日)であることがわかる。この辺の考証も心憎い。


これは高知が舞台だが、いったことがないなら一度地方競馬場に足を運んで頂きたい。
言い方は悪いが強烈な侘しさである。思わず人生とは何かを自問しそうな勢いだ。
競馬はロマンというが、華々しいローマンはがらくたな絶望の上に咲く。

*1:しかもこの判断は人道的な処置である

*2:あくまで国営競馬ではない。戦後すぐに競馬の国営が問題視されて法人化したものである

*3:一応NAR、地方競馬全国協会があるが協同組合の性格が強い

*4:たまに登場するママや地元の漁師の土佐弁はガチ

*5:相当細かい点まで忠実。競馬新聞やアイスクリンなどまで