一場面

JR線某駅構内。電車が滑り込んでくる。前方車両に乗るために歩きながらふと耳にしたのは
「…電車参ります、白線の内側に下がって…」云々。
違和感を覚えたのはスピーカーからの声ではなく肉声だったからだ。
ひょいと見ると駅員はいない。
黒シャツにジーパンの腹の出たおっさんがボールペンを握り締めて件の台詞をぶつぶつ喋っていた。
その抑揚声質、本物と見分けがつかない名調子である。
瞬時に脳内を二、三の物語がよぎる。
彼を通り過ぎ最前車両に乗り込む。
俺は顔色ひとつ変わっていなかったように思う。
帰去来