映画風立ちぬ感想:男の涙、女の涙

※ネタバレあり。注意。


あらすじ。少年は飛行機設計者と成り女性と恋に落ちる。


感想。消去法で傑作です。作品として強い力を持っておりしかし前向きな正の力とは断言できません。
ものを作る人間の業について、俺は一種の狂気だと考えているからです。

飛行機について

主人公は少年時代、同時期のイタリア人設計者と夢を共有する。このシーンが実にいい。
イタリア人の不敵でしたたかなたたずまい。夢を共有する少年への共感とアドバイス。すがすがしいほどのエゴイズム。「飛行機は呪われた夢だ」、透徹したリアリズム。
一方で少年の礼儀正しさと相手への敬意。アドバイスを受けつつ揺るがない自立性。
国も世代も性格も違う二人の男が飛行機という夢を共有し心通わせる。なんともあこがれるシチュエーションではないか。
ところでたぶんこの憧憬は男子の魂なのだ。

戦争について

飛行機は戦争で発展した。一次大戦では運用の模索がメインでこれといった成果は無かったはずだが可能性を示した。二次大戦までに機銃が開発され爆弾との組み合わせが考案された。
原子爆弾開発、ロケット開発もそうだが、科学者は探求したく技術者は作りたくてしょうが無い。作らなくても誰かが作る、また道具である兵器自体に善悪は無い。それは事実だ。彼に罪はあるかと問えば無いと答えるべきだろう。
重要度とは影響範囲だ。映画であれ、政治であれ、兵器であれ。初日454スクリーンを埋め尽くす男も600万人を殺した/殺させたならずものも祖国を火だるまにした零戦開発者も、同次元で実に重要な人物といえる。
人の命は同価値であっても人の重要度は同一では無い。
恐ろしく単純化すると、彼が生きた結果多くの人々が影響を受けたそれは多数を死なせ多数を死から遠ざけた。正確な計量は不可能である。
戦争が要請した一振りの美しい刀。それは国を燃やした炎で鍛えた彼にしか作り上げられなかった夢の具象。
「戦争はじき終わる」だが戦争は確かにあったのだ。

恋愛について

男は飛行機のロマンに泣き、女は悲恋のロマンスに泣く*1
ヒコーキ野郎は紅の豚に描かれた飛行機乗りの天国に行く。愛する人は草原の向こうから生きてという。
主人公はヒコーキ野郎は黙って見送り愛する人には感謝を伝える。それは夢の中だ。

宮崎駿について

虚実ない交ぜの構成を含め俺は鑑賞中既視感を受けた。黒澤明の「夢」。
宮崎駿は自他に厳しく夢を描かない作家だった。素をむき出すのは作家では無いという矜持かもしれない。
本作はめずらしく、男性がしっかりものだ。宮崎アニメに於いてしっかりものは女性の役割だった。
またいくつかの効果音に人声を使用しあたかも舞台的な演出で迫力を出している。
俺は風立ちぬは作家宮崎駿が新しい試みを取り入れ作品内のベクトルを逆転し内向的な夢を描いたのだと思った。

夢 [DVD]

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駄作では決して無い。凡作でもない。名作と言うには賛歌が無い。では傑作と呼ぶしかないではないか。
だが本作は紅の豚からヒロイズムを抜いた危険な傑作である。

*1:子供は泣く段階に無い