子供 最後

午前中に空港。ジャングルジムが気に入ったようだ。落ちるんじゃないかと心配なところをぐっと我慢、じっと見守る。保護者の不安は敏感に察知されるから。登るのに集中しているようで実は子供は「見られているか」をちゃんと見ている。油断出来ない。ひっくり返りそうに重い玩具満載リュックサックを背負って出陣。行きで早くも弱音を吐くので脅し透かして背負わせる。持って行きたいと言ったのはお前だ。頑張れ。公園に毛虫が大発生してて一歩ごとにうごめいている。彼は虫が嫌いで怖いを連発し足がすくんで立ち止まり震えている。声をかけ進むように促す。怖くて辛いときは寧ろ突き進むべきなのだ。
初対面の日、これ欲しい買って、これやってお願い、ばかり言ってた小僧はもう言わない。店先の玩具の前でも見るだけだからと自分で宣言する。何かを遣りたい時もまず自分でやってみるようになった。直ぐに忘れるかもしれないが、まあいい。
どうやらこの年齢は毎日ラーニングし進化しているようだ。本当に近くの大人の背中をみて育つ。俺が歯磨きをはじめると僕もやる!一事が万事この調子。
子供も生まれて数年だが親も親になって数年の新米。嘘は全て見抜かれ悪い癖も学習される。
夏が終る。俺達は彼から開放されるが両親は永遠に彼の両親だ。死ぬまで背中を見られ続ける存在者。
なんということだろう。
しかしボロボロになり気力体力時間を削られながら確かに幸せな瞬間が閃く。百の育児地獄の吹っ飛ぶ瞬間。
俺の親もこうだったろうか。いつか俺達もこうなるだろうか。
疲れ果て楽しく身体休まらず充実した日々。正解も間違いも不明な子育ての難問。俺たちとの数日がこの子供のプラスになっていればいいのだが。今はそれが精一杯。