「現代狂言」観劇

現代狂言を観る。

南原は「何か物足りないと思っていた時期に、コントの原点である狂言と出合い、衝撃を受けた」と言う。

良き哉



開演、紋付袴の南原清隆。歩きは狂言風。マイクで挨拶。軽妙な言葉とは裏腹にこの公演を全身全霊の模様。指先まで気が行き届いており本気なのだと感心する。気楽に楽しんで下さいとのこと。さすがにしゃべりはうまい。客席に声を掛け笑いを誘う。
三部構成。

  • 萩大名 (狂言
    • 田舎大名:野村万蔵
    • 太郎冠者(従者):野村扇丞
    • 茶屋主人:小笠原匡
    • あらすじ。田舎大名が都で仕事を終えた。郷里に帰る前にどこか観光しようと従者に名所を尋ねると萩の花が美しい庭をもつ茶屋があるという。ただしそこの主人は庭を見るものに短歌を詠わせる、と。「そんな難しいことは無理」、短歌一首が覚えられない大名は諦めかけるが従者は知恵を授けいざ庭園へ。大名は庭をあれこれ尋ね誉めるが毎回ピントのずれたことを口走りその度驚いた従者が急いでこっそり「殿それは違います」と繕わせる。最後に話どおり茶屋主人は歌を所望、大名はここでも従者の助け舟を無駄にし続け呆れ果てた従者はついに歌の途中でほっといて帰ってしまう。終りの下句も忘れて振り向く大名いない従者、愕然の大名に下の句を迫る主人。

萩大名は古典の狂言なので当然すべて狂言師による狂言形式。
全編主従の可笑しな遣り取りにくすくす笑う。すごくいい気持ち。

  • 萩代議 (翻案狂言・パロディ)
    • 代議士:ルー大柴
    • 秘書:平子悟
    • 通人:森一弥
    • あらすじ。大名が代議士に置き換わりました。選挙資金の無心にお金持ちの通人宅に向かいます。短歌を途中まで詠んだところで通人が「そういえば昨日の客がこんな歌を」といって同じ短歌を詠ってしまいます。絶句する代議士と秘書。歌を迫る通人。

萩大名の筋を現代風にアレンジ、演ずるは現代の芸人たち。平子悟の発声は様になっていた。ルー大柴は舞台俳優の発声なので声が隅々までは行き渡らないようでしたがまずは充分です。言葉はほぼ古語、たまに良いタイミングで口語を入れておりました。悪くない。コント風の味付け、元ネタ萩大名よりもずっと笑いの音量が上がりました。「どっ」と笑う感じ。なかなかのバランスです。

  • 連句 (新作狂言
    • 下級神・東方朔:南原清隆
    • オタク:天野ひろゆき
    • 詐欺師:ウド鈴木
    • 建築業者:ドロンズ石本
    • 詐欺師の妻:森一弥
    • 代議士:ルー大柴
    • 秘書:平子悟
    • 大神:野村万蔵
    • 童子:野村太一郎
    • あらすじ。東方朔は天界植物の管理人。天界の草花を元気にする美しい言葉を見つけるよう大神に命じられ下界・秋葉原に降り立ちます。オタク・代議士・秘書・詐欺師に次々出会うも、見つかるのは元気をなくすネガティブな言葉ばかり。途方に暮れたところに帰りの遅さを心配した大神降臨。畏まる一同。首尾を尋ねられ思わず見つかりましたと答える東方朔、喜んだ大神はその美しい言葉を促します。

新作狂言連句。南原満面の笑顔で大仰に手を翳し客席を眺めながら登場、続いてシリー・ウォーク、小刻みな歩み。俺も含め沸く観客。舞台に立つとはたして狂言の動作言葉発声。過去の芸を忘れ、ふるまい全体に努力がみられる、狂言の発声が彼にあまり向いてないようで弱いけれど、とにかく誠実で真剣に取り組んでいることはよく分かった。
どうしてここまで打ち込むのだろうと不思議に思う。でも誰にも本人にも答えられないのだろうなあ。彼は、必要だと直感し確信しているようでした。yes。
連句には音が付いていました。バリ・ガムランのグンダンとゴング。横笛。三味線。様々な場面に効果音としても使われ、面白く感じました。
キャイーンのふたりは楽しそうでした。お二方は気負わず自分の持ち味を素直に出してて実に結構。




さて能舞台というものは左手舞台袖部に揚幕があり、橋掛かりが伸びて6メートル四方の舞台に至る。幕が上がり役者が現れる。
萩大名を演ずる本物の狂言役者三人縦一列等間隔でしずしず舞台に向かって歩く姿、彼等は上半身が全く動かない。縦にも横にも揺れない。思わずため息。
やがて大名が庭園のあちこちを誉め萩の花の見事さに釣られる如く舞台前まで歩み寄り腕を溜めた時、魔法の発動を感応し俺にっこり。客席に向かってゆっくりと腕を薙ぐ、皆その先に萩の花咲き誇る美しい庭園を見ました。
どう呼んでもかまわない。
舞台、動作、言葉、それらの速度、ただ三人無手の男達が小さな舞台の上喋り動き筋がぴたりと揃う時、広いホール空間全体にひとびとのこころから呼び起こされたそれぞれの萩の花が咲いたのである。枯れ木に花が咲いたのである。豊かな生きる力が己のなかから励起/贈与され温かく若返ったのである。
これは神事である。
また連句における大神登場場面。大神は橋掛かりを、杖を持ち腰を曲げ頭を下げ半身を捻って踊りつつ降臨する。そこまでの舞台では、狂言たらんとする南原を中心に狂言師ではない芸人達が自由に演じていた。静まり返る客席。息を飲む俺。
幽玄から偉大なものが舞いつつ現れる。下級神が頑張って連ねた美しい言葉を歌と受け取り童子に復唱させてご満悦、下界を寿いで帰って行く。畏しい神であり目出度い神でもある。
神の烏帽子と、人のキャップの交換劇。
東方朔はオタクと帽子を交換する。天界は人界と交感する。狂言はコントと交歓する。
時間、空間、種族、形式、おおくの象徴の階層をまっすぐ貫いてお互いが交わり流れる。
ゆったりとした笑いのうちにそれらが行われる。
これは慶事である。


感想。拍手に値する。花束のような拍手。元気で幸せな気分を有難うございました。